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▼私のハンドルネームは、近所に「葛の葉神社」があるという単純な動機で名付けたものです。 お話に出てくる葛の葉は「葛の葉姫」ですから、そぐわない名前ですが、あまり深く考えていません。 葛の葉と言えば
恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
という歌が有名で、歌舞伎「蘆屋道満大内鑑」の中でもこの歌を障子に書く場面が一つの見せ場に なっています。
▼和泉と言ってもご存じない方が多いでしょう。大阪府南部の丘陵地帯に位置する人口15万人 ほどの市で、JR大阪駅から1時間ほどの所にあります。取り立てて何もないところですが、弥生時代以降、 中近世にいたるまでの史跡や伝説はなかなか豊かなところです。とりあえず、葛の葉神社の写真 でもごらんいただきましょう。
▼この神社は、谷崎潤一郎の小説にも登場します。ちょっと長い引用になりますが、
・・・奉公人たちはいつでも国へ帰りさえすれば、会うことの出来る親がある のに、自分にはそれがないのである。そんなことから、自分は信田の森へ行け ば母に会えるような気がして、確か尋常二三年の頃、そっと、家には内証で、 同級生の友達を誘って彼処まで出かけたことがあった。あの辺は今でも南海電 車を降りて半里も歩かねばならぬ不便な場所で、その時分は途中まで汽車が あったかどうか、何でも大部分ガタ馬車に乗って、余程歩いたように思う。
行ってみると、楠の大木の森の中に葛の葉稲荷の祠が建っていて、葛の葉姫の 姿見の井戸と云うものがあった。自分は絵馬堂に掲げてある子別れの場の押絵 の絵馬や、雀右衛門か誰かの似顔絵の額を眺めたりして、纔(ワズ)かに慰めら れて森を出たが、その帰り路に、ところどころの百姓家の障子の陰から、今も とんからり、とんからりと機を織る音が洩れて来るのを、この上もなくなつか しく聞いた。たぶんあの沿道は河内木綿の産地だったので、機屋が沢山あった のであろう。とにかくその音はどれほど自分の憧れを充たしてくれたか知れ なかった。谷崎潤一郎「吉野葛」
▼幼い頃から浄瑠璃や地唄に親しんだ主人公は、葛の葉の子別れの場を自分の運命 と重ね合わせて、信太の森(信田とも書く)を訪ねてみるという場面です。 今は、楠の森も多くは切られ、河内木綿(和泉木綿)はもはや消え去りました。すでにこの小 説の発表された頃には、今のJR阪和線も開通しており、葛の葉稲荷駅(現北信太駅) ができました。最近では、陰陽道や安倍晴明(子別れ伝説の童子丸が長じて晴明になった)が 取り上げられて、この神社を訪れる人もいるようですが、観光化とはほど遠いのんびりした所です。
社務所では「くずもち」など売っておりましたが、これは最近のことで、名物と言う話は聞いたことがありません。ほかにもおみくじ・狐のお守りなど売っていました。
▼恋しくば尋ね来て見よ…の歌は、神社の境内に歌碑が作られています。この歌碑の後ろに見える楠は、社伝によれば、「古今六帖」に詠まれた
和泉なる信太の森の楠の木の
千枝(ちえ)に別れて物をこそ思へ
その楠であり、また、花山天皇が熊野行幸のおりに立ち寄られ「千枝の楠」と命名されたものだとされています。一本の樹木ですが、根本から枝分かれしている姿は、確かに「千枝の楠」の名にふさわしいものです。
しかし、和泉市教育委員会の調査によれば、樹齢は約700年程度。時代は合いませんが、いずれにせよ古いことで、昔を偲ぶよすがにすることは差し支えないでしょう。
▼境内にはもう一つ、和泉式部の歌碑もあります。
秋風はすごく吹くとも
葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ
和泉式部の名は、夫橘道貞が和泉守であったところから来ているわけですが、その夫が任地に下り、夫婦の間に秋風が吹き始めた頃に歌われたもののようです。
なお、現地では「すごく(=さむざむと)」が「すこし」と誤って読まれてしまっています。(歌碑の方も「すこし」になっている)。
神社だけの間違いかと思うと、和泉の郷土史関係の本にも同じ間違いがよく見られます。「和泉市史」に同じ間違いが見られますので、そこからの孫引きで、間違いが広がっていったのかも知れません。
▼最後に芭蕉の句碑。
葛の葉のおもて見せけり今朝の霜
どのような由来で、ここにこの句碑があるのかは分かりません。なお、この句碑は崩壊が進んでいて、現在は金網に包まれた哀れな姿となっています。
(2008年10月11日)
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