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「死刑囚のパラドックス」の解決

ここでは問題自体はすでにご承知のこととして、それを解決する考え方だけを手短に述べてみたいと思います。 最初にあれこれ考えてみたのですが、その過程は→旧ページの方に書いてあります。
また、この問題の余分な要素を取り除いた↓シンプルバージョンを最後に書いています。


この問題の前提は、
1.明日以降のn日間のうちのある日に死刑を執行する。
2.執行は当日の朝に告げられ、死刑囚はそれ以前に執行日を知ることができない。
3.以上1と2は死刑囚に告げられている。

死刑囚は1と2を告げられているので、執行官がその条件を満たすように行動することを信頼して良いわけです。つまり、
1.期日外に死刑が執行されることはなく、期日内に死刑が執行されないこともない。
2.執行官は死刑囚が事前に執行日を知ることができないようにその期日を決定する。

そこでnが1の場合、これは執行日が1日目すなわち明日であることが前提1から予知できますから、前提2と矛盾し、明らかに執行官が矛盾したことを言っていると分かります。

ではnが2の場合はどうかと言うと、1日目に執行しなければ、nが1の場合と同じになりますから、その矛盾を避けるためには、やはり1日目を執行日とせざるを得ないので、すなわち明日が執行日であると予知でき、やはり執行官が矛盾したことを言っていると分かります。

以下、nが3の場合は、1日目に執行しなければ、nが2の場合と同じになり…と、nをどこまで増やして行っても、やはり執行日が1日目すなわち明日であることが同様に予知でき、やはり執行官が矛盾したことを言っていると分かります。

ここで注意しなければならないのは、執行日が1日目すなわち明日であることが予知できるというところまでは正しいのですが、死刑囚が分かるのは、それは前提2に反していると言うことだけです。 だからといって死刑が執行されないと結論づけるのは論理の飛躍であって、その場合は前提1に反してしまうわけです。 前提1と前提2が矛盾する場合はどちらを優先するかは決まっていないわけですから、「死刑はできない!」というのは、死刑囚が自分の利害からそう思い込んだに過ぎません。 (もしこれが死刑ではなくて表彰であれば、「表彰はできない!」と主張するでしょうか?)

しかも、死刑囚が死刑はないと思い込んだ時点で、結果としては見かけ上前提2が満たされたことになるわけです。

もし死刑囚が執行日が1日目すなわち明日であることが予知できるというところまでで推論を終わっていれば、執行官はいかなる意味でも矛盾から逃れることができません。 上に「見かけ上前提2が満たされた」と書いたのは、それは死刑囚が自らの誤謬によって推論を誤ったため、結果として執行日を予知できなかったに過ぎないからです。 前提2の本来の意味は、『執行官は、死刑囚が執行日を事前に正しく予測できる場合が生じないように、その日を決定しなければならない』ということであり、死刑囚が間違った推論によって執行日を予測しても、予測できなくても、それは問題とは関係ないわけです。

そして、1と2を同時に満たすような決定のしかたはありません(あくまでも1と2が死刑囚に対して告知されている場合に限ります)。nが1の場合に、それを「パラドックス」と考える人はいないでしょう。 単に執行官が矛盾したことを言っているだけです。それはnが2以上であっても同じことなのです。

(2012年2月2日)


(補足)従来の説明の分かりにくさ

死刑囚の推論は従来次のように説明されていました。

 A.もし木曜日までに執行されなければ、執行日は金曜日だと分かる。ゆえに金曜日は除外され、執行可能な最終日は木曜日となる。
 B.そこで、もし水曜日までに執行されなければ、執行日は木曜日だと分かる。ゆえに木曜日は除外され、執行可能な最終日は水曜日となる。
 C.そこで、もし火曜日までに執行されなければ、執行日は水曜日だと分かる。ゆえに水曜日は除外され、執行可能な最終日は火曜日となる。
…以下同様。

ここで疑問が生じるのは、Aは確かにその通りだが、それは残り1日だから金曜日は除外されると言えるだけであって、 Bの場合は残り2日なので、金曜日が除外されるという条件はリセットされるのではないかと言うことです。 あるいは、金曜日が除外されることは明らかなので、残り2日なら木曜日だと分かるとは言えても、それでは残り3日の場合が上手く説明できません。 つまり、ここでは執行官がどのように曜日を決定しなければならないかというルールの問題が明確化されていないために、 説明のしかたにあいまいさが残るわけです。

Aは、執行官の思考とは関係なく、最初の前提1によって自動的に決まってしまうことです。しかし、B以下は前提2を執行官が守る限りそうならざるを得ないということで、推論の前提が全く異なるわけです。 それをきれいに同様の叙述にしてしまっては、何となくだまされたような気になるのは当然でしょう。 「残り1日の場合」という確かな核があって、そこから執行官の思考が導き出されるわけですから、「残り2日の場合」の説明が同様のものであるはずはないのです。

間違った決定方法

これは旧ページにも書きましたが、問題の本質にかかわることなので、再度書いておきます。

たとえば、毎朝囚人の前でコイントスをして、表が出たらその日に死刑を執行する(現実的に考えないでください)。 これは一見予測不可能ですが、もしたまたま4日間裏が出たら前提1から自動的に金曜日に決まってしまいます。 ここで重要なのは、そのように「たまたま分かる場合もあるような決定方法」もやはりルール違反になるので、死刑囚は「そのような決め方はしない」と信頼して良いと言うことです。


問題をシンプルにする

この問題には「死刑を逃れたい」という感情・意志の問題や、時間の経過(それは何日目に予測できるか)というような問題が絡まって、問題の本質を見えにくくしています。 そこで、この問題を最もシンプルに記述すると、次のようなことになるでしょう。

1.nは2以上の整数として、n個の箱に1番からn番までの番号を付ける。
2.出題者甲は、一つのアイテムをいずれかの箱に入れる。
3.解答者乙は、1番から順番に箱を開けていく。

問題 甲は、乙が箱を開けていくどの時点においても、次に開ける箱にアイテムが入っていることをあらかじめ知ることができないように、そのアイテムを入れるためにはどのようにすればよいか。

ケースA:甲だけが問題を知っていて、乙にその問題は知らされていない場合

これはパズルと言うほどのこともないごく簡単な問題で、要するに甲はn番以外の箱にアイテムを入れれば良いのです。 乙が次に開ける箱にアイテムが入っていると知ることができるのは、開けた箱が全て空箱で、残りの箱が1個になった場合だけです。 つまり、最後の箱にさえ入れなければ、乙がアイテムの箱を知ることはできないわけです。

ケースB:甲が乙にその問題を知らせている場合

この場合は全く事態が違って来ます。まず乙は甲がケースAのように行動すること、つまりn番の箱にはアイテムを入れないことが分かります。

そこでn=2の場合、甲が2番の箱にアイテムを入れないことは明らかですから、1番の箱にアイテムを入れるしかないことが分かります。つまり、n=2の場合、解答は「どのようにしてもできない」となります。

中には「しかし、甲が乙の予測の裏をかいて2番に入れたらどうする?」とこだわる人がいるかも知れません。 しかし、問題は「箱を開けていくどの時点においても」と言うことですから、1番の箱を開けて入っていなければ2番に入っていると分かり、それでは「次に開ける箱にアイテムが入っていることをあらかじめ知ることができない」とは言えないわけです。

そこで同様に考えていくと、n=3の場合、1番の箱に入れなければ、その箱を開けた時点でn=2の場合と同じになりますから、1番に入れるしかないことが分かります。n=3の場合も、解答は「どのようにしてもできない」となります。

以上の操作は何度繰り返しても結果は同じですから、結局箱の数をどこまで増やしても、答えは

甲は、乙が箱を開けていくどの時点においても、次に開ける箱にアイテムが入っていることをあらかじめ知ることができないように、そのアイテムを入れることはできない。

あっけない話ですが、「死刑囚のパラドックス」なるものの本質はたったこれだけです。 「どのようにしてもできないことをする」と宣言してしまった執行官は、結局死刑執行を取りやめても、実行しても、いずれにせよ約束違反となるわけです。 そこで執行官がどうするかは、論理の問題ではなくて、「ミスへの対処」という現実の問題となります。

(2012年2月4日)

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